肺がん

当院の取り組み

肺がん

肺がんとは

日本人の死因の第1位は悪性腫瘍で年々増加しています(図1)。中でも、肺がん死亡率は男性では胃がんを大きく抜いて第1位、女性では大腸がんに次いで第2位となっています(図2)。日本では毎年12万人超の方が肺がんと診断され、7万5千人程の方が肺がんで死亡しています(図3)。沖縄県では、年間957人が肺がんと診断され621人が肺がんで死亡しています(2018年)。

これまで肺がんと言えばまず喫煙との関連が言われてきました。喫煙が肺がんと密接に関連していることは紛れもない事実ですが、近年非喫煙者での肺がんの増加が指摘されてきました。これについては最近の研究の進歩により、後天的に生じる遺伝子変異やがん遺伝子(ドライバー遺伝子)が原因であるとされ、発がん遺伝子が次々と発見されてきています(後述)。

日本人の死因 第一位は悪性腫瘍
悪性新生物の死亡率推移
気管、気管支、肺の患者数

肺がんの治療

肺がんには組織分類上、非小細胞肺がんと小細胞肺がんに分類されます。約8割以上は非小細胞肺がん、中でも腺がんが最も多く現在注目されています(図4)。肺がんと診断したら、次に病期分類(ステージ: がんの進行度合い、I~Ⅳ期)を評価し治療方針を確定します(図5)。これまで肺がんの治療方法としては、手術、放射線治療、抗がん剤治療が主なものでした。

手術について

当院では手術侵襲を軽減するために胸腔鏡を用いて手術を行う胸腔鏡下肺切除術を行っております。

手術の具体的な内容

手術前日に入院します。

全身麻酔、分離肺換気下に体を横向きにして手術を行います。始めに皮膚を12mmほど切開し、穴を開けて胸腔鏡を挿入し、胸腔内を観察します。次に5cmほど皮膚を切開し、ウーンドリトラクタを使用して、器具を出し入れする窓を作ります。更に、12mmほどの穴をもう1か所作成します。

肺動脈、肺静脈、気管支を自動縫合器を用いて処理し、肺を摘出します。さらに所属リンパ節を摘出します。出血、空気の漏れなどが無いことを確認して胸腔ドレーンを1-2本留置します。疼痛管理のため硬膜外麻酔を行います。

術後はICU(集中治療室)にて管理します。手術翌日から食事が開始され、一般病棟へと移ります。入院期間は7-10日ほどです。

手術に伴う合併症とその危険性等

創部痛、創部感染、肺炎、無気肺(肺に空気が入らずしぼんでいる状態)、出血、空気の漏れ、リンパ液の漏れなどが挙げられます。術後の空気の漏れ、出血に関しては程度によっては、再手術が必要となることがあります。

手術を受けなかった場合の経過予想と予後

放置すれば腫瘍細胞は増殖し転移をきたす可能性があります。その時期は腫瘍の悪性度によって異なります。

他に選択可能な治療の有無およびその内容との比較

根治的治療が可能な肺葉切除術が最も治療効果を期待できますが、他にも選択可能な治療として化学療法、放射線療法等があります。

新たな内科的治療法について

パラダイムシフトとは、これまでの価値観の革命的ないし劇的な変化のことです。肺がん治療の進歩はまさに日進月歩で、ゲノム医療やがん免疫の解明による画期的な新規薬剤が次々と登場し、これまでの治療を革新するがん治療の『パラダイムシフト』の時代を迎えています。この項では、最初に肺がんの疫学、診断の現状について述べ、手術のできない又は進行・再発した肺がんの新規薬物療法の進歩と当院呼吸器内科が実際に行っている治療について説明します。

手術のできない肺がん(特に非小細胞肺がん: 切除不能な進行・再発肺がん)の治療の進歩は目覚ましく、これまで望めなかった長期の生存が現実に可能となっています。これは、個人のがんの遺伝子変異等の情報(ゲノム情報)の解析により、肺がんの原因となる遺伝子(ドライバー遺伝子)が次世代シークエンサー(NGS)等を用いた遺伝子パネル検査により次々に判明し、それに基づいた治療薬(分子標的治療薬)の選択が可能となった(ゲノム医療による個別化治療 : Precision Medicine)ことが非常に大きいのです。同時に、がん免疫解明の進歩により本来人間に備わっている免疫を賦活させる、免疫チェックポイント阻害薬(ICI)が登場し、この両者が一般保険診療に承認され実施診療において利用できるようになったことによります。

近年、切除不能な進行・再発肺がんの薬物療法として分子標的治療薬とがん免疫療法が登場し、呼吸器内科医の行う肺がん治療の最前線は急速に進歩しています(図6)。

肺がん組織分類
肺がんの標準的治療選択
最新の肺がん治療

肺がんの原因となる遺伝子(ドライバー遺伝子)の発見と分子標的治療薬

前述したように、近年個々人のがんの遺伝子変異等の情報(ゲノム情報)により、肺がんの原因となる遺伝子(ドライバー遺伝子)が次々に判明しています(図7)。

この発見には日本人研究者の貢献が大で、日本人ではすでに約7割のドライバー遺伝子が判明しています。現在保険診療により判明できる遺伝子変異と、それに対応する薬剤(治療薬)は表記した7種類ですが(図8、9)、この分野の進歩は非常に早く、特にこの10年間は毎年のように新薬が登場し、今後さらに効果のある薬剤が開発できる見込みです(図10)。

日本人の肺腺がんの約半数はEGFR遺伝子変異によるもので、特に第三世代のEGFRチロシンキナーゼ阻害薬(オシメルチニブ®)は当院でも多数の患者様に使用し、副作用も少なくⅣ期肺がんでも普通の生活をされ長期の生存を続けています。その他、ALK、ROS1、BRAF、MET、NTRK、RET阻害薬など、新規薬剤が続々と使用可能です(図9)。10年ほど前はⅣ期非小細胞肺がんの予後は半年から一年程度でしたが、ALK肺がんに至っては5年以上の長期の生存が可能で当院でも治療中です(図11)。分子標的治療薬は抗がん剤と異なり、内服治療であり外来通院により、通常の生活を送りながら治療が可能である特徴があります。

小細胞がんドライバー遺伝子変異
肺腺がんドライバー遺伝子変異
肺腺がんドライバー遺伝子と治療薬
非小細胞肺がんの分子治療薬
非小細胞肺がんの分子治療薬の生存率

個別化治療には、遺伝子検索やバイオマーカー(効果予測の指標)の検索が必要

適応となる薬剤選択には、これまでの肺がんの病理学的分類(小細胞肺がん、非小細胞肺がん: 腺がんなど)以外に、ドライバー遺伝子(EGFR、ALK、ROS1、BRAF、MET、RET)やPD-L1抗体(後述)を検索することで、その方にあった適切な薬剤が選択されます(図12)。

そのためには、肺がんの組織を気管支鏡や手術で採取することが必要になります。比較的大きな検体組織が必要で、上記のドライバー遺伝子を一括して診断できる遺伝子パネル検査を提出します。場合によっては肺組織だけでなく転移巣(肝臓、骨、脳)からの組織採取が必要な場合もあります。さらに再生検(再発に応じて)が必要になる場合もあります。進行肺がんでは、当該分子標的治療薬が奏功してもいつか『耐性』となり薬が効かなくなることがあります。つまり、発がん遺伝子が薬剤に抵抗力のある遺伝子変異をきたしてさらに増大することです。それに対しては、耐性遺伝子に有効な分子標的治療薬や、抗がん剤、血管新生阻害薬、あるいは免疫療法を組み合わせて次々に(二次、三次・・・)治療を繰り出して延命治療していくのが現在の治療の流れです。非小細胞肺がんにおける治療は画期的に生存率が向上していることが多くの報告で示されています(図13)。

進行・再発肺がんの治療の流れ
IV期非小細胞肺がんにおける各年代別の全生存割合の推移

肺がん免疫療法の登場: 免疫チェックポイント阻害薬(ICI)(図14)

人間の体には毎日多くのがん細胞が出現していますが、本来備わっている免疫の力で取り除かれています(図15)。しかし、がん細胞の方でも「免疫から逃れる能力」を獲得して増殖していきます。腫瘍細胞や免疫細胞に発現したPD-L1、PD-L2はT細胞上のPD-1と作用することで、T細胞の活性化を抑制し、『免疫応答からの逃避機構』を促進します(図16)。つまり、がん細胞は免疫にブレーキをかけることで(免疫チェックポイント)、免疫より逃れることができます(図17)。
そこで、「がんによる免疫監視機構から逃れた」がん細胞による免疫機構へのブレーキを解除して、本来人間に備わっている自身の免疫細胞でがん細胞を攻撃する治療ががん免疫療法です(図17、18)。

2015年よりマスコミで話題の抗PD-1阻害薬(オポジーボ®)が非小細胞肺がんに承認されました。これには日本の本庶佑先生によるPD-1発見の功績(1992年)であり、2018年ノーベル医学・生理学賞を受賞されました(図19)。
そして現在、5種類の免疫チェックポイント阻害剤(抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体、抗CTLA-4抗体)が臨床応用され単剤、抗がん剤との併用、免疫チェックポイント阻害薬同士の併用などで日常的に使用されています (図20)。

免疫チェックポイント阻害薬による治療は画期的な反面、これまでの抗がん剤や分子標的治療薬による治療とは異なる免疫関連の特有な副作用があります(免疫関連有害事象: irAE)。内分泌系(甲状腺機能障害、1型糖尿病、副腎皮質機能低下症、下垂体機能低下症・下垂体炎)、間質性肺炎、大腸炎、重症筋無力症、心筋炎、筋炎、肝機能障害・肝炎・肝不全、腎障害、皮膚障害など多臓器多岐に渡ります(図21)。内分泌・糖尿病内科、消化器内科、神経内科、皮膚科などと連携してこれに対処します。がん治療はチーム医療であり、当院でも各科医師、薬剤師、特定看護師などと連携してこの治療にあたります。

免疫チェックポイント阻害薬
活性化因子と抑制因子
T細胞活性化の抑制機構
免疫回避
阻害剤の効果の仕組み
PD-1の臨床応用
次々に登場する免疫阻害剤
免疫関連有害事象

治療の組み合わせでさらなる延命効果が望めます

このように切除不能な進行・再発非小細胞肺がんの治療は、遺伝子診断とPD-L1抗体測定の後、各々の治療カスケードに従い治療されます。ドライバー遺伝子陽性な場合はそれぞれの対応した分子標的治療薬、ドライバー遺伝子陰性ないし不明な場合は、抗がん剤や免疫療法(単剤又は併用)などと組み合わせ、又はPD-L1抗体が高発現(22C3 TPS>50%)の場合は、免疫チェックポイント阻害剤単剤でも治療されます(図22)。いずれかの治療が効かなくなっても、次の手段(二次治療、三次治療・・・など)でさらに延命効果が望めます(治療シークエンス)。

進行非小細胞がんの治療戦略

進展型小細胞肺がんの治療の進歩: 免疫チェックポイント阻害薬の登場

この20年間新規治療のなかった進展型小細胞肺がんの治療も新しくなりました。2つの試験で免疫チェックポイント阻害薬と抗がん剤の組み合わせで延命効果が示され、現在二種類の免疫チェックポイント阻害薬(アテゾリズマブ、デュルバルマブ)との併用療法が可能となっています。今後の治療効果が期待されます。

進行非小細胞がんの治療の進歩

治療の制限

このように新規の薬剤は、適切に使用すれば長期の生存が得られますが、基礎疾患のためこの新規薬剤が使用できない患者様もいらっしゃいます。例えば、間質性肺炎、自己免疫疾患を有する患者様での使用は困難で、悩ましいところです。

高額な医療費と進行肺がん治療

肺がんの薬物療法は飛躍的に進歩しましたが、医療費も高額です。しかし、高額医療制度などが利用できますのでお気軽にご相談下さい。

呼吸器内科では、上記の薬剤を県内でもいち早く取り入れ治療しています。新規治療により、これまで通りの日常生活を送りながら治療を続けている患者様をみることは本当に嬉しいものです。進行肺がんの治療は急速、飛躍的に進歩し、本項で解説した治療内容もさらに短期間で書き換えられる現在進行形の状況です(今回の治療内容もすぐに書き変えられる可能性があります)。当科では、エビデンスに基づく最新の情報を適切にキャッチし、最新最良の標準的治療をぜひ多くの患者様にお届けできるよう邁進する所存です。

当院での治療実績

全国集計の肺がんステージ1期、2期の5年生存率は、1期が84%、2期が53%ほどです。一方で当院のステージ1期、2期の5年生存率はそれぞれ84%と57%となります。

肺がん治療に関するお問い合わせ

休診日

電話でのお問い合わせ

受付時間

月〜金:8:30〜17:30 / 土:8:30〜12:30

休診

土:午後、日、祝祭日